夏の夢物語

母の遺品の着物を買い取ってもらいました。

数年前に母から着物を勧められました。
年を取ったら体型も悪くなるし、若い子には敵わないよ、着物着ちゃえば、冠婚葬祭も悩むことないし、かっこいいよと。
確かに、日本人として着物を持っていないんじゃ恥ずかしいかなと思い、一式購入することにしたのです。

実際に着物選びを始めた時に思ったのは着物って意外と自由なんだってことです。
確かに着物にはいろいろは決まりごとがあります。
袷、単衣を着る時期が決まっていたり、夏の7,8月は夏帯しかしてはいけないとか、正式な場所には紬はだめだとか難しいなと思います。
ただ、普段着て楽しむ分にはかなり個性的に着こなしている人が多いのだと教えられました。

冬はブーツで着物着ちゃっていいとか、男性用の羽織を着たりなどなど。
自分に着物を教えてくれた人が個性的だったのかもしれませんが、色や柄などもびっくりするような合わせ方をしていました。
大正ロマンと云われる時代もかなり個性的ですよね。

また、年をとって赤とかピンクはちょっと抵抗があるなと思っても、和装であれば、着物が落ち着いた色合いであれば、帯や帯揚げ、帯締めなどに赤やピンクを使ってもまったく派手ではありません。
実際、自分はグレーの江戸小紋にピンクの格子柄の帯を勧められて購入しました。
さらに縦縞の着物に横縞の帯など、これが洋服なら二度見されそうなコーディネイトでも、まったく変ではないのです。
そんなことを教えられてすっかり着物の虜になりました。

ただ、悩みはなかなか着る場がないということです。
普段、着歩けばいいじゃないと言われるんですが、着付けに時間が掛かったり、歩きにくかったりして、いざ出かけるとなると、敬遠してしまいます。
結局、揃えた着物が現在、タンスの肥やしになってしまっているのはとても残念です。
将来的にはササエさんの母・フクさんのようにかっぽう着を着て料理をしたり、日常的に着こなしたと思っています。
いつか、タンスの肥やしを着こなす日が来ると信じています。
まずは着付けを練習しなければいけないですけどね(苦笑)そういうわけで、昨年、母が亡くなり結局は私の着物と遺品着物買取をお願いすることになりました。

派遣看護師としての在り方

まだ若かりし頃、私は個人の内科医院に勤めていた。有床診療所で病床は18床。
今ではあまり聞かなくなったが、その頃はまだ社会的入院というものがあった。
社会的入院とは、これといって悪いところもなく、積極的に治療をするわけでもないが、する必要もない入院を長期にわたってすることをいう。
早い話、いろんな事情で行き場がない人がそういった入院をするわけで、私が勤務していた医院も御多分にもれず、社会的入院の患者が何人もいた。

その中の一人、Tさん。
歳は当時50過ぎ、性別は男性。
彼が抱える主な疾患は慢性膵炎、そして元アル中。
いかつい顔つきで、態度は横柄。
気難しい人で、自分が気に食わないことがあると、絶食しだす。
そして「ちょっと家に帰ってきます」と言って外泊し、毎回帰院予定日を過ぎてから帰って来る。それもお酒の匂いをプンプンさせて。

ある日のこと。
Tさんはいつものように「ちょっと家に帰ってきます」と言って、出かけて行った。
数か月ぶりの外泊だったと思う。
案の定、彼は帰ってこなかった。
帰院予定日を過ぎたので、自宅に電話するも連絡はつかない。
こんなことは過去に何度もあって、そうしていつもひょっこり帰ってきて、院長から大目玉をくらい、そして一定期間の外出外泊禁止令が下される。
これがいつものパターン。

だから、誰も心配していなかった。

帰院予定日を3日くらい過ぎた頃だ。
突然の警官の来訪。

Tさんは亡くなっていた。
自宅で首を吊って。
遺書はなかった。

Tさんは天涯孤独だった。
彼にはご兄弟がいるにはいたが、お酒のせいで絶縁状態になっていた。
自業自得と言えばそれまでだが、なんだかやるせない気持ちになった。

その後のことはよく覚えていない。皆、何もなかったように日常業務に戻ったから。
翌日にもなれば、Tさんの病室は綺麗に片づけられて、新しい入院患者を待つだけだ。
病院なんてそんなもんで、患者さんが亡くなったら、いちいち動揺しないし事務的に処理するだけ。
それがなんだか、彼の存在すら否定しているようで、若かった私はTさんに申し訳ない気がした。

職員たちは日常業務を淡々とこなし、彼の死を歯牙にもかけない。
けれど、患者さんたちはそうではなかった。

「Tさんと連絡がつかないの。彼がここに来たら私に連絡するよう伝えて。」
「Tさん、最近見ないけど、元気してるの?」
「Tさんにお見舞い持ってきたんだけど、退院したの?」

Tさんの身を案じる人の多さときたら……。
私たち職員はTさんが亡くなったことは伏せていた。
死因が死因だったし、個人情報なので。

何か月も入院していたので、いつの間にか病院の主になっていたTさん。
職員にはつらく当たる人だったが、他の入院患者には優しかった。世話好きで人当たりも良かった。

Tさんは今天国で何を思っているだろう、と思った。
自分の行方を案じている彼らの姿を見たら、何を思うだろう、とか。
もし、自分が必要とされていることを目に見えて知ることができたら、自殺を思いとどまる人もいるのではなかろうか、とか。
若かりし私は、当時こんなことを延々と糞真面目に考えていた。

派遣看護師は、派遣というだけあっていろいろな病院へ働く機会がある。
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このようにつらい出来事が多々あっても、くじけずに前を向いて、今、看護師として出来ることを頑張ろうと思った。

子供の予防接種で看護師に復職したくなりました

子供が生まれ少ししたら、子供が病気にかからないようにするために予防接種を行いますよね。予防接種を行うことで、大切な我が子を病気から守ることができるので、しっかりと摂取しなければいけません。

予防接種はチクっとした痛みがあるので、嫌なことなのは分かっていますが子供にとって必要なことなので、いつもがんばれと応援するようにしています。予防接種が終わったあとはしっかりかんばったねとほめてあげるようにしています。

いつも行くかかりつけの病院にいつものように予防接種に行きました。順番待ちをしているときも、いつものように予防接種をがんばろうねと子供に話しかけていました。そしていざ順番を迎えると、優しく先生ががんばろうねと話しかけてくれ、子供は大泣きでしたが無事に予防接種を終えることができました。予防接種を終えた子供を、いつものようにたくさんたっぷりほめてあげました。

そうこうして、また予防接種の日になりまたいつものかかりつけの病院へ向かいました。そこの病院は受付のカウンターがあり、少しカウンターが出っぱっています。子供はいつもそのカウンターに隠れてしまっていました。その日行ったときには、子供の頭がカウンターから少し出ていました。受付の方が子供の名前と背丈を覚えてくれていて、「○○ちゃん、背が一気に伸びたね!」と声をかけてくれました。

たくさん子供がいる中で、名前を覚えてくれていたことがとてもうれしかったです。また、前回予防接種に訪れたときのこともしっかり覚えてくれていたので、この病院で予防接種を受けて本当によかったなと思いました。

他の看護婦の方も気さくに話してくださる方が多いので、子供も予防接種は嫌だけど行くのが苦にならずにいつも行くことができています。またおもちゃや本もたくさん置いておるので、待ち時間に飽きてしまうといったことがないので子供思いだなと思います。先生もいろいろな悩みを聞きやす先生なので、環境的にとてもいい病院ですし通っていて安心できる病院です。

実は私も看護師なんですが、結婚を機に主人の地元である秋田に引っ越すことになり退職してしまいました。もう少し子供が大きくなったら、この小児科のような病院で働きたいなぁと思いました<<看護師 求人 秋田>>

東京の病院に入院中、薬剤師に怒られた。

痛風なのに薬剤師にビールを飲んでいるのがバレてしまいました。

私はずいぶん前から痛風に悩まされています。
痛風と言えば、足の激痛が症状の疾患です。血液内のプリン体が増えすぎると起こるそうです。

プリン体が増えるのは、主として食生活があります。例えば肉料理です。動物性の食品が良くないと思います。後は酒。特にビールが悪いらしいです。
さて、以前になりますが、自宅の近くに美味しい料理屋がありました。板前さんとアルバイトの大学生の店員さんで営業していた店です。そこに毎日のように通ってました。
ところで、私は大のビール党でした。特に生ビールに目がなく、食事に出掛けると、最初にジョッキをオーダーしていました。

当然、その食事は痛風になっても仕方が無い食事と言える訳で、私は何回か痛い思いをしていました。ところが、痛みが引くと、相変わらずビールを飲み始めました。我ながら懲りないと思います。
さて、ある日のこと、朝起きてみると足に激痛が走りました。痛風です。私はとりあえず会社に連絡して、休む旨を伝え、掛かり付けの病院に行きました。
ところで、その時、病院に見慣れない看護師さんがいました。結構な年輩の方で、いかにもベテランと言った感じです。

さて、診察です。症状を話すと、薬剤師は「またか」と言う顔をして、痛風と言って来ました。私は薬剤師の前で笑ってごまかして診察室を出ようとしたとき、その年輩の看護師さんに声をかけられました。
何の用事かと思って返事をすると、どうやらその看護師さんは私のことを知っている様子なのです。私は看護師さんの様子に驚くと、看護師さんは、看護師さんの息子さんが、どういう訳か、私の名刺を持っていたことを説明してくれました。

名刺のことを考えてみると、心当たりがひとつありました。と言うのは、いつも行き着けていた、ビールの美味しい料理屋の大学生の店員さんに名刺を渡したことがあったのです。そして、その看護師さんは、その大学生の店員さんのお母さんだったのです。
全く世間は狭いもので、私の飲んでいるビールの量が看護師さん経由で薬剤師にバレてしまいました。非常にバツが悪かった顛末となりました。でも東京の薬剤師さんは優しいですね。
このサイトで求人を探して、就職されたそうです。【薬剤師 求人 病院 東京

派遣薬剤師は見た!一枚うわて?の患者さま

医療機関を訪れる患者さまに、高齢の方も多くおられます。病院で長い待ち時間を経た受診、会計待ち、精算などを終え、疲れて調剤薬局に来られます。処方箋を出すより先に、病院で待たされた不満を話される方も多いです。しかし、調剤薬局も診察後の患者さまが来られるため、お待たせする時間が生じます。

薬局は、すぐに薬が用意できると思われる傾向が強く、憤慨する患者さまも少なくありません。飲み合わせの確認、医師への問い合わせ、監査、説明など、処方箋通りに薬を揃えるだけではないのです。薬剤師と事務が協力し合い、仕事を進めます。

そんな中、患者さまの中には、事務員を試す質問をする方もおられます。各点数や薬価を尋ねるのです。即答しかねる場合は突き詰め、答えれば薬剤師を呼んで確認するなど、手が込んでいます。そのような患者さまは、予め調べたり、知識がある場合が多く、知っていて尋ねてきます。言うなれば、あらさがしを行っているのです。

患者さまもよく観察しておられ、忙しくても、声をかけやすそうな事務員を選びます。新しいスタッフが増えれば、新人かどうか尋ねる患者さまもおられます。思った通り新人であれば、患者さまは、自分が古株である自慢をなさいます。顔見知りの患者さま同士では、見抜いたことを褒めたたえていらっしゃいます。時には、処方箋も持たず、知っているスタッフを見たくて来られる方もいるのです。冷たくあしらうわけにはいかず、仕事の手を止めたくなくても、応対することになります。その間、他のスタッフに負担がかかることは、言うまでもありません。スタッフが患者さまに逆らえないことを、よくご存知です。

スタッフ同士で、患者さまは一枚うわてだと表現しています。院内薬局では、患者さまへの応対は接遇と言います。一方、調剤薬局では接客と言うのです。患者さまは、お客様として接することになっています。このような心がまえが、一枚うわてな患者さまを作るのかもしれません。
ちなみに私は、※薬剤師派遣って短期間でもOKなんです!未経験でも大丈夫だよ♪を参考に、現在の院内薬局には派遣で働いています。派遣薬剤師だと、いろんな環境で仕事ができるのでとても興味深いですよ。

去年の夏からハマっているポケモンgo

去年の夏から始まったポケモンgoですが、自分はこれを1つの趣味として遊んでいます。

夏頃は社会現象となったぐらいにプレイヤーで近所の公園が人だらけだったのを今でも覚えています。

その時は何かお祭りでもあったかなと思うぐらいに無知でしたが、ニュースを見てポケモンgoが流行っているんだなと気づきました。

流行りものに敏感というわけではないですが、子供の頃にゲームで遊んでいたのでこれは面白そうということで始めてみました。

まずは家と近所の公園から捜索開始。進めるうちに分かってきましたが、さほどレアなキャラは出てこなかったです。

ネットを見ていると海沿いに行くとレアポケモンが多いということで大阪の天保山と南港ATCに行くことにしました。

すると家の近所では見かけないレアキャラが非常に多くて面白い場所だなと感じました。

それに気づいてからは時間さえあれば天保山と南港ATCに通うことが多くなりました。

リリースされてから約半年位になりますが、今では知り合いとポケモンgoのことでよくLINEをするようになっています。

この知り合いは7年くらい前に別の趣味で知り合った友人ですが、秋頃にポケモンgoしてますか?というLINEが来てからポケモン探してよく出かけるようになりました。

自分の持っているポケモンと知り合いの持っているポケモンにはかなり差があり、持っていないポケモンも居たりしました。

図鑑を完成させるには5ヶ月位かかりましたが、今までのゲームとは違ってこれはこれで面白いと日々感じています。

Pokemon bright bird on a white background
Pokemon bright bird on a white background

最近ではネットの記事にポケモンgoがニュースになっています。それはゲーム好きだけでなく、サラリーマンや年配の方がプレイヤーになっていることも関係していると思います。今までいろんなゲームをしてきましたが、ここまで幅広い年齢層が興味を持つゲームはなかなか珍しいと思いました。

寒い日々が続いていますが、まだしばらく頑張ってプレイしていくつもりです。

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