夏の夢物語

派遣看護師としての在り方

まだ若かりし頃、私は個人の内科医院に勤めていた。有床診療所で病床は18床。
今ではあまり聞かなくなったが、その頃はまだ社会的入院というものがあった。
社会的入院とは、これといって悪いところもなく、積極的に治療をするわけでもないが、する必要もない入院を長期にわたってすることをいう。
早い話、いろんな事情で行き場がない人がそういった入院をするわけで、私が勤務していた医院も御多分にもれず、社会的入院の患者が何人もいた。

その中の一人、Tさん。
歳は当時50過ぎ、性別は男性。
彼が抱える主な疾患は慢性膵炎、そして元アル中。
いかつい顔つきで、態度は横柄。
気難しい人で、自分が気に食わないことがあると、絶食しだす。
そして「ちょっと家に帰ってきます」と言って外泊し、毎回帰院予定日を過ぎてから帰って来る。それもお酒の匂いをプンプンさせて。

ある日のこと。
Tさんはいつものように「ちょっと家に帰ってきます」と言って、出かけて行った。
数か月ぶりの外泊だったと思う。
案の定、彼は帰ってこなかった。
帰院予定日を過ぎたので、自宅に電話するも連絡はつかない。
こんなことは過去に何度もあって、そうしていつもひょっこり帰ってきて、院長から大目玉をくらい、そして一定期間の外出外泊禁止令が下される。
これがいつものパターン。

だから、誰も心配していなかった。

帰院予定日を3日くらい過ぎた頃だ。
突然の警官の来訪。

Tさんは亡くなっていた。
自宅で首を吊って。
遺書はなかった。

Tさんは天涯孤独だった。
彼にはご兄弟がいるにはいたが、お酒のせいで絶縁状態になっていた。
自業自得と言えばそれまでだが、なんだかやるせない気持ちになった。

その後のことはよく覚えていない。皆、何もなかったように日常業務に戻ったから。
翌日にもなれば、Tさんの病室は綺麗に片づけられて、新しい入院患者を待つだけだ。
病院なんてそんなもんで、患者さんが亡くなったら、いちいち動揺しないし事務的に処理するだけ。
それがなんだか、彼の存在すら否定しているようで、若かった私はTさんに申し訳ない気がした。

職員たちは日常業務を淡々とこなし、彼の死を歯牙にもかけない。
けれど、患者さんたちはそうではなかった。

「Tさんと連絡がつかないの。彼がここに来たら私に連絡するよう伝えて。」
「Tさん、最近見ないけど、元気してるの?」
「Tさんにお見舞い持ってきたんだけど、退院したの?」

Tさんの身を案じる人の多さときたら……。
私たち職員はTさんが亡くなったことは伏せていた。
死因が死因だったし、個人情報なので。

何か月も入院していたので、いつの間にか病院の主になっていたTさん。
職員にはつらく当たる人だったが、他の入院患者には優しかった。世話好きで人当たりも良かった。

Tさんは今天国で何を思っているだろう、と思った。
自分の行方を案じている彼らの姿を見たら、何を思うだろう、とか。
もし、自分が必要とされていることを目に見えて知ることができたら、自殺を思いとどまる人もいるのではなかろうか、とか。
若かりし私は、当時こんなことを延々と糞真面目に考えていた。

派遣看護師は、派遣というだけあっていろいろな病院へ働く機会がある。
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このようにつらい出来事が多々あっても、くじけずに前を向いて、今、看護師として出来ることを頑張ろうと思った。

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